2013年9月15日日曜日

一見鐘情~駆け出し翻訳者はこうして生まれる~


 初めまして。黑木夏兒です。

 このたび、日本で初めて商業出版されることになった私の翻訳作「虚無仮説(仮タイトル)」の発売を機に、ブログを始めることにしました。こんなこと知ってどうする、と言いたくなるようなネタも含め、ちょこちょこ更新してゆくつもりですので、どうぞお楽しみください。

 よく「日本語お上手ですね」と真顔で言われたりしますが、とりあえず代々日本で侍とか米屋とか呉服屋とかやっていた家出身、横浜育ちの日本人です。

 繁体字名を名乗っているのは、本名がひらがなだから。台湾旅行のとき、楽しいですよ。ホテルの記帳とか、知り合った相手に「なんて名前?」と聞かれたときに、このひらがな名前を書くと、みんな基本的に「???」という顔になる。しかし、その横に「こういう意味だ!」と繁体字名を書いてみせると、困惑していた顔がまさに電球でも灯したようにぱあっと明るくなるんですね。


 じゃ、なんで「兒」? 「子」でないの? これにはもう二つわけがあって、一つは私の名付け親が「子」の字をつけるのをいやがったから。もう一つは私の従姉が「伴子」だから。
 わかる人にはわかる話。「夏子」と「伴子」だと、中国語読みしたときに「シャツとパンツ」になってしまうのだ。これはちょっと、どこの漫才コンビだよ。

 中華街のある横浜ですが、横浜市民はみんな華僑とお友達で中国語がわかるんだぜ、なんてことはあろうはずもなく、私もせいぜい「らんま1/2」に出てきた単語をいくつか覚えてるよ、あと地名と名前ならいくつかは読めるよ、程度。ですがそんなある日、はとこが中国からめっちゃ可愛い婚約者を連れてきた!

 このお嫁さんについてはまた別な機会に書くこともあるかと思いますが、これで私は一念発起。はとこの通訳がないときでも、このお嫁さんとおしゃべりができるようになりたい。というわけで当時の勤め先の近所にあった夜間の中国語教室に通い始めたのです。

 そして基礎級を終え初級クラスで「我是日本人」とやり始めて三ヶ月、私は東京国際ブックフェアに行きました。何か、頑張って最後まで読みたくなるような中国語の本を求めて。漫画とか絵本とかないかな、と真っ先にいった中国大陸のブースにあったのは、子供向け教材とチベット美術の専門書。ならば、と向かった香港ブースには、なんとそもそも本がなかった! 紙バッグの印刷見本をブックフェアに持ってきてどうするつもりだったんだろうかと、今でも思うんですが、とりあえずいまだに中国と香港のブースはあんまり魅力的でない。

 がっかりして歩いていた私の目にふと飛び込んできた、カラフルな表紙と漢字のタイトル。そう、そこは台湾ブース。そして、日本の漫画と比べても遜色ない画力のイラスト、それが、台湾の出版社、威向さんの本でした。

 そうだよ、私が探してたのはこういうのだよ!
「ゆっくり見ていってください」と日本語で言われた(この辺が台湾クオリティ)のに安心して棚をよく見ると、少女漫画風(LaLaとかに載っていそう)な絵柄なのに、どの表紙も男性率が妙に高い、というか、女がいない? そうです、威向さんは、08年にはまだ少なかった台湾オリジナルのBLとラノベを出している出版社だったのです。そして実は私はこのとき、背表紙の社名を読み間違えていました、成向、と。そうか、台湾の成人向けBLか、ならば確実に最後まで読む気が持続するじゃないか!

 腐女子ならではの理由に背を押されるまま、そろそろ撤収作業を始めていたブースで面白そうなものを(完全に表紙買いで)物色。ところがちょっと問題が。全部一冊目しかない! 上中下の上、前後編の前編などなど。「これ、上下揃っているのはないんですか?」と尋ねた私に、既に荷造りし始めていた箱の中までスタッフ総出で探してくれた(この辺も台湾クオリティ)のですが、やはりない。

 諦めて、長編シリーズ一巻目、前編、上巻、というラインナップで本を買った一年後、友人との台北旅行が決まったのです。この旅行についてはまたそのうちに書きますが、実は台北駅前には、威向さんの直営書店があります。

 あの本の続きが買える、と旅行初日に友人を引きずってそのお店に行き、BLと同人誌溢れる店内で、後編、中下、二巻以降、ついでに日本から予約していった新刊シリーズ、を友人の腕に積み上げ、更なる獲物を求めて店内に走らせた私の目を鷲掴みにした一つのタイトル、それが、のちに私の翻訳仕事になる小説「虚無假設」でした。

「一見鐘情」。
 一目惚れのことを中国語ではこういうのですが、まさにこれは運命の「一見鐘情」。
 というのは、なんと、この本、棚刺しだったんです。

 背表紙しか見えない状態で、なのにやけに私の心を惹きつけるタイトル。
 尋常でない引力を持ったその本を、腐女子の勘としか言いようのない何かに促されるままに引っ張り出して表紙を見ると、どうやらこれは刑事もの、それもなんだかアメリカン? 裏の粗筋を頑張って解読したところ「カウンセリングを受けているトラウマ持ちのFBI捜査官受け」?! 買ったァ!!

 そして日本に帰って序章を読み終えた頃には、これをちゃんと日本語に、してみたくなっていました。多分こんな意味かなー、と流し読むのではなしに。
 登場人物が日本語を話し出す瞬間、と言うのが私にはあります。主人公でも脇役でもいい。その人物の口調を持って、そのキャラが日本語を話し出す。そのとき、私はその本をどうしても日本語にしたくなる。そのキャラに、私の頭の中にあるそのキャラの口調で、日本語をしゃべらせたくなる。元がアニパロ書きだったからかな(笑)。

 ただし相手は商業出版物。他の誰かが翻訳権を取ってしまったら、私の日本語をしゃべらせることはできなくなる。最悪なのはどこかの出版社が権利を買った挙句「これ訳して」と繋がりのある翻訳者さんにオーダーした結果、「別に全然BL読者じゃないんだけど、仕事だからやった」てな人に訳されてしまうことだ!ついでに「オネエ喋りの藍」とか「似非お嬢様口調のアニタ」とかやられた日には目も当てられん上に、悔しくて眠れないじゃないか。

 かくして、奮闘開始。まずはとにかく訳すのだ。しかも幸い私は、「ろくに中国語しゃべれないのに山ほど(日本から取り置き依頼までして)本を買っていった変な日本人」として威向のスタッフに存在を知ってもらっている、このコネクションを生かさないでどうする! 

 ちょうど威向さんは自社の台湾BLを日本に売り込もうとしていました。なので「この本翻訳して出版社に持ち込みたいから、その間誰にもこの本の権利渡さないでお願い!」と頼むことができ、多少の猶予も得られました。勉強を再開し、どうしてもわからないところは主語を男女に変えて先生に聞き……。そして、どうにか翻訳を終えた原稿を持って、企画の持込開始。

 以上、私が翻訳者になったのは、全て一目惚れがきっかけ。実はこの旅行で、本だけでなく台湾にも私は一目惚れ。どうあってもここに住んでみたい。しかし年齢的にもうワーキングホリデーが使えない。ならば、台湾本の翻訳を仕事にすれば、台湾に住む道が開けるじゃん、という理由もあったので、この過程で会社も辞めて翻訳者を目指すことにしたのです。

 さて、私が台湾に暮らせるかどうかは、そんなわけで読者の皆様にかかっています。なので、前編を買ってこのページを閲覧中の皆様、ぜひ、後編の方もお求め下さい!

 日本と同じくらい、いえ、もっとジャンルが幅広かったりする台湾BL。面白い本が山ほどあります。そして、日本で出してもらえないかなーと台湾の出版社は思っています。後は読者の皆様が『読んでみたい』そう思ってくだされば、私に仕事がやってくる。そして私は台湾に住める。というわけなので、ぜひ、ヤフオクで競らずに新刊書店で買って、台湾BLの日本での売り上げアップに貢献してください。

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