2014年1月14日火曜日

恆春のおじさんとおばさんからプレゼントいただきました!



 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
 昨年は結局十二月は一回も更新せずじまいという体たらくだったのですが、今年はもうちょっと頑張ろうと思っております。なので本年もよろしくお願い申し上げます。

 この年明け、日本で年越しすべく蒔舞先生が台湾からお姉さまと遊びにいらしてまして、この機に乗じてリアル世界で初顔合わせ(これまではメールオンリー)をしたのですが、新橋で待ち合わせるべくメールでやり取りしていると、私のガラケーでは基本的にメールが文字化けすると判明。これまではパソコンでのやり取りだったので気付かなかったのですがー。待ち合わせにパソコン担いで行けというのか……。
 なるべくわかりやすい場所で待ち合わせたため、無事にお会いできたのですが、これではやはり不便だということで、台湾旅行を二度共にしたガラケーに別れを告げ、海外でもばっちり使えて中文メールも文字化けしないスマホに乗り換えることにしました。

 蒔舞先生との初対面、ざっと三時間のしゃべり倒しについては、また記事にしますね!

 お店で色々説明を受けて大体機種も決まり、そしてやはりパソコンも一気に買い換えてしまったほうがよさそうだなと思いつつ(翻訳修行開始からの私の相棒はXP。買い換えねばならんのだろうなとは思いつつ、予算的にできればもーちょい先で、と思っていた矢先、十二月から妙な音を立てるように……)、帰宅すると台湾から小包が届いておりました。

 恆春のおじさんとおばさん、といっても親戚が住んでいるわけではなく、以前旅行した時に出会ったとても親切なご夫婦。

 台湾のぐっと南の方にある小さな街(鎮)、恆春(ハンチュン)は映画「海角七号」の舞台になった街で、12年4月の台湾旅行の際に遊びに行きました。

 一年中春のように暖かいので「常春」という意味の「恆春(恒春)」という名前が付いているだけあって4月だというのに海水浴ができそうな暑さのこの街で、少々迷子になりかけた際、道を聞きに入った車屋のおじさんとその奥さんです。

 スクーターの後ろに私を乗っけて街を案内してくれた上、お昼までご馳走してくれたこのご夫婦にお礼の手紙を送りたくて、住所がわからないので、「お願い届けて」というこの街の郵便局宛の手紙と「この辺にある」とマークをつけたグーグルマップ、ストリートビューで見つけたお店の外観と、おばさんの写真も同封して、郵便局に送る、という方法で送ってみたところ、ちゃんと届けてもらえたのです。届けてくれた局員さんいわく、長年郵便配達していて初めての事態だった、らしいのですが、さすがは海角七号の街の郵便局!!

 去年祖母が死んでしまって喪中なので、春節カードの代わりにクリスマスカードとプレゼントを送った、そのお返事でした。

 実はプレゼント、横浜の地図やガイドになっている手ぬぐいを見つけたのでそれを送ったのですが、手ぬぐいやハンカチは涙や汗を拭うので、相手が苦労したり悲しいことがあったりする事態を想定していることになってしまうためプレゼントとしてはNG、だというのを後で知りまして(大汗)。「やっばー」と思っていたのですが、喜んでもらえたようでほっと一安心。

 柿と落花生のストラップ、瓢箪(中国語では葫蘆)のストラップ、そしてプレゼントを包んであるバッグも柿の形。
「好柿花生」⇒「好事發生」(ハオシーファーション。いいことがありますように!)
「幸葫滿蘆」⇒「幸福滿爐」(シンフーマンルー。幸せがお鍋にいっぱい!)
「柿柿如意」⇒「事事如意」(シーシールーイー。色々なことが思い通りになりますように!)
という語呂合わせだそうです。
 日本でいうと「斧琴菊」みたいな感じですね。

 この翌日にスマホに切り替え、パソコンも二万円割引してもらえて、早速「好事發生」です。
 あとはスマホにストラップがつけられるようにしなくては!
 残念ながらさらっとスマチェン、とはいかず、よたよたとスマチェン中です。昨日は切り替え三日目にしてようやく電話の取り方がわかりました。



 恆春へは、高雄とかから高速バスが出ています。台湾をぐるっと回る台鉄からちょっと外れているので、公共交通機関はバスが頼り。行きも帰りも割と朝早くから出ているので通勤通学に利用している人もいるようです。昼間の便が少なめだったようで、バス停には議員さんによる「グッドニュースよ! バスが増便されたの、バス会社に交渉して私が勝ち取ったよ!」という手書きのポスターがありました。

 街の真ん中、警察署の隣りにあるバス停はSAのような建物になっていて、インフォメーションもトイレもあります(ということに気付かず、私は警察でトイレを借りてしまいました)。行きのバスを降りたところにはセブンイレブンもありますが、ちょっといった南門の先には朝早くから営業しているパン屋さんもあるのでどうぞ。お持ち帰りのピンクのビニール袋に可愛いイラストと「おいしげだ」というちょっと残念な日本語が書いてあるこのパン屋さん、安くておいしいです。お店の小姐は日本語も話せます。

 「海角七号」の舞台に行きたい人は、朝のうちはバス停付近をぷらぷらして、主人公阿嘉の家として撮影された民宿(今は民宿は休業して小道具とかが展示してある)「阿嘉之家」が開くのを待ちましょう。ここでロケ地マップを売っているので、それを手に散策すれば迷子になりません。映画では小さな街に見えますが、ロケ地は隣りの町とかも使っているので結構広いです。無理はせずにのんびりと、行ける範囲を回りましょう。バス通りでもある中山路(この辺では南門路と呼ばれる)を二十分弱歩いたところにあるカエル(水蛙)が働いているバイクショップへ行く途中にはジューススタンドがあります。安くておいしい、マックのLサイズよりも更に大きなジュースを目の前で作ってもらって是非水分補給を!

 昔はパイワン語で「蘭」を意味する言葉の発音に漢字を当てはめた「瑯嶠(ランジァオ)」という地名だっただけあって、今も蘭、特に胡蝶蘭の栽培が盛んな街。横浜あたりだと冬は家の中に入れてやらねばならない胡蝶蘭が、ここではガジュマルの木の幹とかでワイルドに咲き誇っています。他にはたまねぎが特産品で、道を歩くと収穫したたまねぎがごろごろと干してあるのによく出くわします。お土産にはたまねぎクッキーがお勧め。バターの利いたたまねぎ味のクッキーで、一緒に飲むのはコーヒー紅茶よりはスープとかが合います。クラッカー感覚でお召し上がりください。おつまみにもいけると思う。

 日本でいうとアイヌ語に漢字を当てはめた北海道の地名のような「瑯嶠(ランジァオ)」が、「恆春」になったのは清朝末期。恆春の街に今でも残っている、東西南北の四つの門ができた頃です。

 中国の昔の都市というのは昔から、周りに塀を作って門を構えています。ロードオブザリングやマ王のアニメなんかでも、城があって城下町があって、高い城壁があって、その外は野原、みたいな風景がありますが、あれが四角くなっています。日本だと平城京とか平安京がそれに倣って都市づくりをしたので、できた当初は塀と門がありました。ただし日本だと基本的に国内には当時敵がいなかったのでなんだか簡単に乗り越えられそうな塀だったりするんですが、中国だとそうは行かない。がつっと石垣です。万里の長城の短いバージョンという感じの、上を走り回って矢が放てたりするそれなりに奥行きもある塀がぐるっと街を囲んでいます。

 さて、時代は清朝末期。明治な日本で当時はまだ琉球王国(日本と清朝でお互いに、うちのもん、と主張中)だった沖縄の漁師さんが嵐に遭い、台湾に流れ着いちゃったよ、ということがありました。で、台湾原住民の人に助けられた、らしいんですが、その後、どういう行き違いがあったのやら、この漂流漁師さんたちがなぜか次々に原住民の首狩りに遭ってしまう、という事態が起こります。どうにかこうにか数人が逃げ延び、漢人の入植者に保護してもらって福建経由で帰国したのですが、このことについて日本政府が「あんた、うちの国民に何してくれてんの?」と清朝に苦情を言ったところ、清朝の対応がまずかった。

 「あー、台湾ね。あそこって基本的にうちは管理してないんで。原住民とかとそもそもコミュニケーションしてないし、だからうちに文句言われても困るっつーか?」的な返事をしちゃったもんで、自分の領土増やしたい日本としては「あ、そーなの? オッケー、わかった。んじゃ、うちあそこに出兵するんで。原住民倒してあそこもらうんで」と、台湾に出兵。

 牡丹社事件、と呼ばれるこの事態を受けて、当然ながら清朝焦った。「あーっ、ちょい待ち、ごめん、そこ、うちの土地! ほら、ちゃんと城壁とかも作ってるし! ばっちり管理してるから、ね!」と主張のためのパフォーマンスに慌てて作られたのがこの街の城壁だった、というなんだか泥縄という言葉を思い出さずにいられない歴史の一ページ。ちなみにこの時の講和で、清朝が日本の出兵を「自国民の保護のため」だったと認めたことで沖縄人=日本人という流れができ、日清戦争後に沖縄は日本の一部になっています。

 そしてこの城壁を作った清朝の役人が、ここの地名を「恆春」と変えました。結構有能な人だったらしく、清朝末期における台湾の発展に色々貢献しているのですが、牡丹社事件の四年後に五十九歳で病死しています。

 この城壁と城門は当然台北にもあったのですが、都市の近代化を進めるのに邪魔、と日本統治時代に取り壊されました(まあ、現時点で山手線内側、位の広さの台北メイン市街を更にミニマムに区切っていたわけなので仕方ないっちゃ仕方ない気がする)。一番綺麗だった西門(今の西門町にあって、あんまり綺麗なので日暮しの門的なニックネームが付いていたらしい)が最初に取り壊され、日本人含めてあちこちから「文化財破壊じゃん!」と文句が出たため、次に綺麗だったという北門は取り壊しを免れ、今も台北駅の西側にちょっといったところに残っています。

 ただ、後ろが高速道路で、更にすぐ横にも車がバンバン通っていて、周りにビルがいっぱい、という景色に埋もれているので、はっきり言って全然魅力的に見えないんですよ。絵本の「ちいさいおうち」みたいな感じ。

 その点、恆春の門は一味違います! 青空の下、小さなターミナル状に整えられた道の真ん中に凱旋門のように聳えている南門、住宅地からこじんまりとしたレトロな商店街に通じる西門、城壁の上に上がれる東門、北門。

 特に南門は、台北もこんな風にすればいいのに、としみじみ思っちゃうんですが、うーん、高速は地下化して道は整えるとしても、ビルはなあ……。
 



2 件のコメント:

  1. 明けましておめでとうございます。
    新作が読めるのを楽しみに待っております!!
    蒔舞先生とお会いされたのですね。
    その時のお話楽しみにしてます。

    台湾の歴史は全く知らなかったのでとても興味深く読ませて頂きました。
    いつか行ってみたいです。
    そしてお茶を飲んでみたいのですー!!
    恆春のおじさんとおばさんのような方に出会ってみたいものです(*´ω`*)

    また虚無仮説読み始めました(ノ´∀`*)

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    1. 返信が遅くなってしまってごめんなさい!
      台湾のお茶は美味しいですよ~。
      茶芸館だけでなく、ごく普通の食堂のような店構えのお茶屋さんもたくさんあります。おかみさんがカウンターで、これものんでみなさい、こっちもおいしいわよ、と勧めてくれたり、さらにお客さんが、私はこれが好きよ、とアドバイスしてくれたりするのも楽しいですよ!
      マクドナルドのLサイズよりもっと大きなプラカップに氷とお茶を入れてくれて、二十元(60円)くらいかな?
      ジュース屋さんでもそうなのですが、このプラカップのふた(フィルムを熱で貼り付ける)には色々な広告が印刷されていて、それを見るのも面白いです。お店の宣伝など、日本で駅で配るティッシュと同じ役割に使われている感じですが、時々政治の宣伝まで入っていたり(笑)。
      横浜中華街には最近、まさにそんな店構えの台湾茶店ができたので、今度行ってみたいのです。タピオカミルクティーなんかもありますよ。

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