2015年6月17日水曜日

ネイティブ翻訳のすゝめ  翻訳仲介サービス致します

小説翻訳の水茎亭では、この度新しい試みを開始致します。

ネイティブ翻訳者の仲介サービス。

作品紹介や商品説明など、「何か」や「誰か」の魅力を伝えたいのであれば、文章力のある紹介先の言語のネイティブが翻訳するに越したことはありません。

読んでいて頭が痛くなるような稚拙な文章でその商品の魅力は伝わりますか? 幼稚園児が書いたようなむちゃくちゃな日本語の説明が付いた商品の入荷を本気で検討しようという気に、あなた自身はなれますか?

なのになぜ、そんな大事な翻訳をその言語のネイティブではない自国の人間に任せようとするのでしょう??

これは台湾でも日本でも同じです。伝手を頼って見つけた非ネイティブ翻訳者に翻訳を任せ、出来上がった訳文がどれだけ稚拙かもわからないまま高い報酬を払ってしまい、あとでその稚拙さを指摘されても既に予算がないため高品質な翻訳に差し替えることもできないまま、そのずたぼろな翻訳が延々と垂れ流される事態があちこちで起こっています。


ネイティブ翻訳者を見つけるための伝手がない?

ネイティブ翻訳者と直接交渉するのが不安?

ネイティブ翻訳者が原文をちゃんと理解できているかどうかが心配?


だったらその伝手、提供いたします(無料)。

直接交渉が不安なら、交渉の場に立ち会います(有料)。

原文がちゃんと抜け落ちることなく訳せているか、チェックしようじゃありませんか(有料)。


非ネイティブの翻訳者が散々時間を掛けた挙げ句、意味は通じるけどちょっと、な文章になるよりよっぽど時間が短縮でき、高品質な訳文が得られます。





まずは水茎亭に連絡を。
「翻訳してほしいものは何か。何語に訳してほしいのか」この二点と御社の連絡先を伝えてください。

水茎亭がネイティブ翻訳者に上記の内容を伝えます。

ネイティブ翻訳者から御社に連絡が行きます。
「やります」と返事が来れば万々歳。あとは当事者同士で連絡を取り合い、交渉してください。


対面での交渉時にネイティブ翻訳者との意思疎通が完全にできるか。日本語が母語でない相手との交渉に不安があるようであれば、立ち合いサービスを致します。このサービスは有料となります。
またネイティブ翻訳者にとって不案内なエリアでの交渉の場合、第一回目の交渉への立ち合いをネイティブ翻訳者の側が希望する場合もあるかと存じますが、その際は割引料金での立ち会いを致します。

 交通費  :往復分一名分の実費。
 立ち合い料:都内・神奈川県内は一時間に付き2000円(一時間未満は15分単位での切り上げ計算)。
       上記以外のエリアでの交渉及び立ち合いも不可能ではありませんが要相談となります。

 ※交通費は駅から先の歩行距離が一キロ以上であればタクシー使用。交通トラブルにより最寄り駅に辿り着けない場合は、その時点で動いている電車を用いて辿り着ける最寄り駅に最も近い駅からのタクシー移動となります。また交渉後の帰宅時に交通トラブルが発生した場合にも、その時点で動いている電車を用いて辿り着ける水茎亭事務所最寄り駅に最も近い駅からのタクシー利用料金を請求いたします。


原文の内容が取り零されることなく翻訳されているか不安な場合は、依頼していただければ翻訳の精度チェックを致します。



エンターテイメントのジャンルにおいては読みにくい文章は致命的。作品自体の魅力も削いでしまうことになりかねません。
映画の字幕翻訳や、ベースとなる脚本の翻訳、絵本・小説・漫画のサンプル訳など、ただその言語になっていればいいというものではない、文章力の求められる翻訳をお求めでしたら、ぜひ水茎亭にご連絡ください。

2015年6月13日土曜日

知っといて損はない台湾と日本の歴史 その1

知っといて損はない台湾と日本の歴史 その1

寝耳に水の台湾割譲 1895年

日清戦争で勝った日本は、「遼東半島・台湾・澎湖列島、この三箇所寄越しな」と清朝に迫りますが、この時点での清側の反応は「はあ? 遼東半島と澎湖列島はわかるよ(日本が征服済み)。けど、なんで台湾?」な反応でした。
そりゃ当たり前で、台湾は全っ然戦場になってなかった!
日清戦争の激戦地は基本遼東半島で、ぎりぎり澎湖列島(今は台湾の離島部)では戦ってますが、台湾には日本軍まるきり上陸もしてない。
なのになんでよ? というわけで清側も結構これには反対します。

しかしそこで三国干渉。遼東半島を日本に取られるとかないわ(てかそこはうちが欲しいんだよ)、なロシアがドイツ・フランスと手を組んで、日本ちょっと図々しくない? 遼東半島は清に返しなよ、とクレーム。
結局、ばりばりに富国強兵していてもまだそこまで強くなっていない日本は遼東半島を諦めたので、代わりに台湾・澎湖列島をゲット。ついでに対岸の福建省にも唾は付けました。
ちなみにロシア・フランス・ドイツ・イギリスはこのあと清が日本に払う賠償金に関して、そんな大金払うの大変だろうしお金貸してあげるよ、と持ち掛け、その代わりに、とあちこちの土地を租借地としてこれまたゲット。ロシアもちゃっかり遼東半島の旅順と大連を租借地にしています(だからこの後の日露戦争では中国のはずの旅順で日本とロシアが戦ってるという事態に)。

さて、こうして日本は台湾を手に入れるのですが、この後が大変だった。

清の中央政府的にも「は? なんで?」な反応だった完璧無関係な台湾。言ってみれば、薩英戦争に勝ったイギリスが桜島寄越せと言うならまだわかるけどなぜか佐渡島寄越せと言ってきたようなもん。当然台湾の住民も寝耳に水。
ごめーん、日本に台湾譲ることになっちゃった、といきなりの連絡受けて、は? なにそれ? 聞いてないよ! な状態に。

特にこれに怒ったのは現地の役人とインテリ層。こんなド田舎の島なんて日本にくれてやってもいいってか? わかった。もう清朝なんて頼らない!、と台湾の自治を目指して「台湾共和国」を作ってしまいます(例えていうと沖縄が、アメリカの言うとおりに基地作ってばっかの日本なんかもう知らん、独立します、今から独立国新琉球です、とやるようなもの)。

ただ、清から正式に台湾をもらった日本としては、「台湾独立したから、もう清朝関係ないから割譲とかチャラってことで」と言われて、「あ、そうなの」と帰るわけもなく「いやそれ関係ないから。台湾もううちのもんだから」ということで台湾共和国との全面戦争が始まります。

そして、共和国はぶっちゃけ弱かった。メンバーがインテリばっかりなんで兵力は傭兵に頼るんですが、この傭兵があんまりたちがよくなかったらしい(少なくとも台北においては住民が傭兵に相当迷惑していたらしく、日本軍を自分達の手で市内に入れてたりする)。更にあんまりやる気ないのにトップに祭り上げられてた官僚が、金持ってさっさと逃げちゃう。

この官僚、逃げる時に女装してたというBL好きにはちょいと美味しい話がありますが、残念ながら54歳のおじさんなのであまり嬉しくはない。「老婆」への変装だったそうです。

なお、この共和国の存在があるんで台湾住民が一致団結して、日本に支配されるなんて冗談じゃねーよ、な状態だったのかなと思いますが、あくまで一部の官僚とインテリ層。つまりは清朝への忠誠、とか儒教的な意識、とかがあった層に限られていたようで、一般市民はそれほどでもなかったらしい。まあ清朝の時代自体、北の野蛮人による支配、なわけで、それが東の田舎者による支配、に変わってもそれほど大したことではない、と。

もっとも、清朝ってのは実に珍しくも、征服した相手の文化をめっちゃリスペクトしている支配者、だったわけなので、実際日本に征服されてみると思ってたのと結構違う、というのはあったみたいです。この辺に関してはまた次の機会に。

そして、主に山岳地に暮らしている原住民の場合は、またちょっと話が違いました。

台湾共和国を造ったりしたのはあくまで「漢民族」。この人達は言わば、伝統ある大企業A社がベンチャーなB社とのシェア争いに負けた挙げ句に乗っ取られ、B社の人間が役員として乗り込んできた、という時のA社の社員。成り上がりのB社の奴等なんかに伝統あるA社の社屋ででかい顔してほしくねーよ、な感じ。

一方、原住民の場合は、基本的に山で暮らして、他の人との交際そのものを嫌っていました。一種の自宅警備員だと考えるとわかりやすいです。

この自宅警備員には清朝も手を焼いていたのですが、ただ、早い話が山に入り込みさえしなければ基本的には何の害もないんだよね。山は彼等のもの、と思って放っておけば、それで無事に済むことは済む。

ただ日本は勿論そんなお付き合いのノウハウ知りません。てか、そもそも日本の目的は、彼等が住んでる山岳地帯の鉱山とかなので、当然山へ入っていって、で反撃されます。

この自宅警備員VS日本、な戦いは相当長い時期続きました。

台湾、戦後の国民党の方針もあって(これについてもまた今度)、割とあちこちにこの時期の「抗日戦」を記念する碑とかが建ってます。「抗日戦」というと日中戦争のを連想しがちですが、その時期は台湾は日本の一部でした。なのになんで台湾に「抗日戦」の碑があるのか。それはこの時期のものなんです。


割譲された台湾を日本が征服していく様子、は映画「セデック・バレ」の前篇の、更に前半部分を見ていただくとかなりわかりやすくなっています。

そして、台湾という「植民地」をゲットした日本はこれ以降、幕末に結んだ列強との不平等条約を次々に対等な条約に結び変えていきました。

2014年クリエイターEXPO参加顛末記その5

個人翻訳事務所水茎亭は、2014年のクリエイターEXPOに出展してまいりました。
出展を決めてから当日の準備など、前回までのクリエイターEXPOに参加した方々のブログ等いろいろ参考にさせていただいたので、今度はこちらもレポートを作成。2015年に初めて参加するよという方の参考になれば幸いです。


撤収、搬出編
閉会ギリギリ、というか少しオーバーして最後の商談が終了。と同時に片付け開始。
この撤収時間が、基本的に一時間しかないという恐ろしさ。作戦としては、脚立なしで外せる作品からの梱包箱詰めを優先、もちろん伝票書きは昼のうちとかに済ませておく。
取り外しに脚立が必要、みたいなのは荒っぽくてよければパネル撤去作業の工務店さんたちがやってくれます。うちはS字フックを下にばんばん落っことしてもらい、拾い集めました。
搬出時の運送会社プラスカーゴはスピーディーさとか連絡の細やかさとかではあんまり評判が良くない(ぶっちゃけ、いつ届くか見当がつかない)模様。実際今回の搬出で使ったところ、金曜夜に会場で預けた荷物が横浜に届いたのが月曜、しかも箱(購入当初から値段の割にやけにぺらい)がぼこぼこになっているという状態だったので出来れば二度と使いたくない。価格もヤマトとかより高額だ。なので、カートで外へ運んで行ってビッグサイトのビジネスセンターとか周辺コンビニなどから馴染みの宅配屋さんで出してしまってもオーケー。
一時間で終わらないと工務店さんの作業が開始されるので、向こうの動きを優先、向こうの作業が終わったところ、まだのところに随時引っ越しつつの撤収作業になりますが、今後はどうなるかわからないので什器類もなるべく速やかに解体できるもの、もしくはがっと掴んで会場外に引っ張り出せるもの、にしておくのが吉でしょう。


最終日、そして2015年
台湾本を出したい、という出版社が全然来てくれなかったため、クリエイターEXPO終了翌日、ブックフェアの最終日に自分から営業しに行ってきました。ただし、これはどっちかというと、初日に行って、担当が来てないとしても資料を渡してもらえるようにするのが正解だと思います。そうすれば会期中に来てくれる可能性はあるので。
そして、これをやるためにも、当日ブースには一人で来るのでなく、応援を呼んでおくといいです。
そしてこの最終日に2015年のブースを申し込んできました。これまではまず申し込んで、ブース位置はあとで通知される形。2015年からは会期中であれば自分で選ぶ形。これにともないコーナーブースの価格は跳ね上がっていました(ここは使えるブースだ、という認識が広がった結果だと思います。2015年から、ここは三次元使用されるブースが主流になるかも)。なので2015年は壁際通路奥真正面、を選択。値段は変わらず、目は確実に来る位置、だと思うのですが、さて、どうなるか。
2015年はプロジェクターを使用して電子書籍のプロモ映像を流すなど、今年のレトロアジアン風味とモダン台湾を組み合わせたブースにする予定です。

本日の時点で2015年の参加準備は、買い物はほぼ終了(あとはテグスと資料入れのビニール袋)。
印刷物では電子書籍のチラシが印刷完了。あとは示見の眼の新しい小冊子入稿と、ネイティブ翻訳チラシの入稿。
ブース内の電気工事、申し込み完了。

あとやることは
ディスプレイでは中国語⇒日本語、の看板作成とネイティブ翻訳に関するポップの作成。
プロジェクター用のスクリーンのテスト。
ブースで流す電子書籍三巻目の予告編のアップ(発注済み)。

時間があるようなら屋根の補修、となります。