2015年6月13日土曜日

知っといて損はない台湾と日本の歴史 その1

知っといて損はない台湾と日本の歴史 その1

寝耳に水の台湾割譲 1895年

日清戦争で勝った日本は、「遼東半島・台湾・澎湖列島、この三箇所寄越しな」と清朝に迫りますが、この時点での清側の反応は「はあ? 遼東半島と澎湖列島はわかるよ(日本が征服済み)。けど、なんで台湾?」な反応でした。
そりゃ当たり前で、台湾は全っ然戦場になってなかった!
日清戦争の激戦地は基本遼東半島で、ぎりぎり澎湖列島(今は台湾の離島部)では戦ってますが、台湾には日本軍まるきり上陸もしてない。
なのになんでよ? というわけで清側も結構これには反対します。

しかしそこで三国干渉。遼東半島を日本に取られるとかないわ(てかそこはうちが欲しいんだよ)、なロシアがドイツ・フランスと手を組んで、日本ちょっと図々しくない? 遼東半島は清に返しなよ、とクレーム。
結局、ばりばりに富国強兵していてもまだそこまで強くなっていない日本は遼東半島を諦めたので、代わりに台湾・澎湖列島をゲット。ついでに対岸の福建省にも唾は付けました。
ちなみにロシア・フランス・ドイツ・イギリスはこのあと清が日本に払う賠償金に関して、そんな大金払うの大変だろうしお金貸してあげるよ、と持ち掛け、その代わりに、とあちこちの土地を租借地としてこれまたゲット。ロシアもちゃっかり遼東半島の旅順と大連を租借地にしています(だからこの後の日露戦争では中国のはずの旅順で日本とロシアが戦ってるという事態に)。

さて、こうして日本は台湾を手に入れるのですが、この後が大変だった。

清の中央政府的にも「は? なんで?」な反応だった完璧無関係な台湾。言ってみれば、薩英戦争に勝ったイギリスが桜島寄越せと言うならまだわかるけどなぜか佐渡島寄越せと言ってきたようなもん。当然台湾の住民も寝耳に水。
ごめーん、日本に台湾譲ることになっちゃった、といきなりの連絡受けて、は? なにそれ? 聞いてないよ! な状態に。

特にこれに怒ったのは現地の役人とインテリ層。こんなド田舎の島なんて日本にくれてやってもいいってか? わかった。もう清朝なんて頼らない!、と台湾の自治を目指して「台湾共和国」を作ってしまいます(例えていうと沖縄が、アメリカの言うとおりに基地作ってばっかの日本なんかもう知らん、独立します、今から独立国新琉球です、とやるようなもの)。

ただ、清から正式に台湾をもらった日本としては、「台湾独立したから、もう清朝関係ないから割譲とかチャラってことで」と言われて、「あ、そうなの」と帰るわけもなく「いやそれ関係ないから。台湾もううちのもんだから」ということで台湾共和国との全面戦争が始まります。

そして、共和国はぶっちゃけ弱かった。メンバーがインテリばっかりなんで兵力は傭兵に頼るんですが、この傭兵があんまりたちがよくなかったらしい(少なくとも台北においては住民が傭兵に相当迷惑していたらしく、日本軍を自分達の手で市内に入れてたりする)。更にあんまりやる気ないのにトップに祭り上げられてた官僚が、金持ってさっさと逃げちゃう。

この官僚、逃げる時に女装してたというBL好きにはちょいと美味しい話がありますが、残念ながら54歳のおじさんなのであまり嬉しくはない。「老婆」への変装だったそうです。

なお、この共和国の存在があるんで台湾住民が一致団結して、日本に支配されるなんて冗談じゃねーよ、な状態だったのかなと思いますが、あくまで一部の官僚とインテリ層。つまりは清朝への忠誠、とか儒教的な意識、とかがあった層に限られていたようで、一般市民はそれほどでもなかったらしい。まあ清朝の時代自体、北の野蛮人による支配、なわけで、それが東の田舎者による支配、に変わってもそれほど大したことではない、と。

もっとも、清朝ってのは実に珍しくも、征服した相手の文化をめっちゃリスペクトしている支配者、だったわけなので、実際日本に征服されてみると思ってたのと結構違う、というのはあったみたいです。この辺に関してはまた次の機会に。

そして、主に山岳地に暮らしている原住民の場合は、またちょっと話が違いました。

台湾共和国を造ったりしたのはあくまで「漢民族」。この人達は言わば、伝統ある大企業A社がベンチャーなB社とのシェア争いに負けた挙げ句に乗っ取られ、B社の人間が役員として乗り込んできた、という時のA社の社員。成り上がりのB社の奴等なんかに伝統あるA社の社屋ででかい顔してほしくねーよ、な感じ。

一方、原住民の場合は、基本的に山で暮らして、他の人との交際そのものを嫌っていました。一種の自宅警備員だと考えるとわかりやすいです。

この自宅警備員には清朝も手を焼いていたのですが、ただ、早い話が山に入り込みさえしなければ基本的には何の害もないんだよね。山は彼等のもの、と思って放っておけば、それで無事に済むことは済む。

ただ日本は勿論そんなお付き合いのノウハウ知りません。てか、そもそも日本の目的は、彼等が住んでる山岳地帯の鉱山とかなので、当然山へ入っていって、で反撃されます。

この自宅警備員VS日本、な戦いは相当長い時期続きました。

台湾、戦後の国民党の方針もあって(これについてもまた今度)、割とあちこちにこの時期の「抗日戦」を記念する碑とかが建ってます。「抗日戦」というと日中戦争のを連想しがちですが、その時期は台湾は日本の一部でした。なのになんで台湾に「抗日戦」の碑があるのか。それはこの時期のものなんです。


割譲された台湾を日本が征服していく様子、は映画「セデック・バレ」の前篇の、更に前半部分を見ていただくとかなりわかりやすくなっています。

そして、台湾という「植民地」をゲットした日本はこれ以降、幕末に結んだ列強との不平等条約を次々に対等な条約に結び変えていきました。

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