2020年9月20日日曜日

カクヨムで新連載中「台湾時光」から、瑞芳にある「七公祠」についてまとめてみた。

 コロナで家ごもりしている間に、カクヨムで「示見の眼 第六巻 新しい日々」の本編と、旅行日記の「台湾時光」を連載開始しました。

が、残念ながらカクヨムでの連載記事の内容って、通常ではグーグル検索しても引っ掛かって来ず、「カクヨム ○○」と入れて検索して初めて、連載そのもののトップページだけが引っ掛かってくるという謎仕様なんですね(ここだけは「小説家になろう」の作品の途中一話分だろうが何だろうが入っているキーワードで直接出てくるのを見習ってほしい)。

そういう訳なので、せっかくだから「台湾時光」の内容をちょこちょこまとめて再利用しようかと思います。

「台湾時光」の方は一応旅行日記なので、朝何時に起きて朝ごはんに何を食べて~というのが全部入る分、旅行一日分が数回の記事に分かれているのですが、こちらはまとめなので、目的地の説明や行き方だけをずばっとまとめた形になります。


瑞芳の「七公祠」、行き方(この祠はグーグルマップ未掲載です)

 瑞芳の駅前からバス道である「瑞金公路(公路=バス道。バスは公車という)」を九份へ向かい、そして九份を通り過ぎ、バス道「瑞金公路(北34郷道)」をそのまま金瓜石の方へ向かっていく。


 途中バス道が「瑞雙公路」と二手に分かれるが、進むのは「瑞金公路」の方。「瑞雙公路」は「七公祠」がある大きな公営墓地「瑞芳區第十九公墓」の真ん中を抜ける形になる道だが、「七公祠」はむしろこの墓地の外側、「瑞金公路」に面した位置にある)。


 「瑞雙公路」との分かれ道を無視してそのまま「瑞金公路」で金瓜石に向かって進み、第十九公墓の外側を走っていくと「南新山」というバス停の前に、墓地へ入っていく歩道が見える。

 墓地内に車は乗り入れられないので、車はバスの邪魔にならないところに停め、この歩道から墓地へ入ってバス道沿いの一番下の道をしばらく進んでいく。じきにバス道に立っている道路標示の茶色い看板(「黄金博物館へは直進」だと示している)が墓地の中からでも見えるはず(グーグルマップで見ると、この看板のすぐ傍で、バス道から「山尖路」というやや細い道が分岐していて、こっちは九份のオートキャンプ場に通じている。この分岐の手前にこの看板がある)。七公祠があるのはその看板の傍となる。

 下の写真は祠をバス道側(墓地の外)から撮ったもの。



 七公祠、はその名の通り、七名の人物を弔った祠だ。

 瑞芳《ずいほう》事件、もしくは金瓜石《きんかせき》事件、と呼ばれる事件が第二次大戦中、日本統治下のこの地で発生した。地元の台湾人のリーダーたちが、中国と通じているというスパイ疑惑を掛けられたのだ。

 七公のうちの三人、游阿明、簡盛、呂阿火は三人とも、この地の金鉱山で働く鉱夫のまとめ役だった。鉱山に既に来ている鉱夫を管理するだけでなく、鉱夫のスカウトもその仕事のうちだった。

 第二次大戦時、金鉱山は人手不足で、最後の方は捕虜すら働かせていた(これがばれないよう、いざという時には捕虜全員を生き埋めにするための仕掛けまで設けておくという確信犯な周到振りだったりする)。台湾だけでは鉱夫が足りず、まとめ役たちは中国大陸からも鉱夫を連れてきていた。

 台湾と中国を行き来する彼等は、実はスパイなのではないか?

 そんな疑いを掛けられるとは思っても見なかっただろう。だが、実際に疑いは掛けられ、更にそれは瑞芳一帯を巻き込んだ。


 1940年5月27日に起こったこのスパイ疑惑は、そもそもはこの地の炭坑業で名を成していた「瑞芳李家」(台湾では名字のバリエーションが少ないので――というか、林とか李とか幾つかの姓があまりに率が高すぎてどこにでもいるので――上に地名を付けて区別する)という名家の長男が、実は重慶の国民党政府(当時は日本と戦争中)と連絡を取り合っていて、台湾総督府転覆計画を練っている、そんな密告があったことに始まった。

 「瑞芳李家」の六人兄弟は全員捕えられ、うち三人が獄死、そもそものスパイ疑惑を掛けられた長男は懲役十二年、弟の一人は拷問によって聴覚を失い、末弟だけは仮釈放された(これは九份が舞台の映画「悲情城市」の元ネタなんじゃないかと思ってるが、どうなんだろ? あの映画の主人公が聴覚障碍設定なのは、トニー・レオンが広東語しかしゃべれないからだ、というのが公式情報だが、元ネタが日本統治時代のエピソードだったとしたら、民主化直後に二二八事件の映画を作るにあたって、監督が外省人というのと同様に政府に文句を言われない一つの要因になったのではないかという気がする)。


 しかし、逮捕者はこれだけでは終わらない。

 大陸から出稼ぎに来ていた鉱夫たち、大陸から彼等を連れてきたまとめ役たち、更に地域のインテリ層だった医者や、行政書士、更には多少なりとも発言力のある商人から職人、店舗のオーナーに到るまでが特高警察によって逮捕された。

 台湾人で地域のリーダー格、リーダー格になり得ると見做されたものは軒並み逮捕されている。二二八事件が一足早くに日本統治下で起こったようなものだった。子供達すら巻き込まれかけたという話もある。


 ざっと百名ほどの逮捕者は台北に連行され、台北刑務所で取り調べを受けた。獄中死するものも出た。ほとんど魔女裁判のようなヒステリックな逮捕劇だったにもかかわらず、1945年になってもまだ延々と彼等は獄中にいた。

 そして、1945年5月31日の台北大空襲、総督府すら炎上したこの空襲で台北刑務所が爆撃を受ける。

 瑞芳事件で獄中にあった人々のうち、游阿明、簡盛、呂阿火は即死だった。黃仁祥は重傷だったがまだ息があり、死亡後に家族が遺体を連れ帰った。

 游阿明の弟、游金も、この時、台北刑務所に収監されていた。このため、游阿明、簡盛、呂阿火の遺体の埋葬を、刑務所側は游金に行わせた。

 この空襲では、瑞芳事件以外で収監されていた囚人のうち、四名も死亡している。名前すらわからないその四名の遺体も合わせ、七名の遺体が游金によって、看守の見張りの下で、付近に仮埋葬された。

 その二月半後、日本は降伏し、瑞芳事件の逮捕者たちで生き残っていたものは9月には全員釈放される。


 しかし、游阿明、簡盛、呂阿火の悲劇はこれでは終わらない。

 遺体の埋葬場所を知っている游金が、今度は二二八事件で逮捕された。

 「瑞芳李家」の六人兄弟で生き残っていた三人のうち長男と末弟も逮捕されるが、後に釈放され、「瑞芳李家」は二二八事件への連座を免れる。これ以降の白色テロで大きな被害をこうむったのは基隆顏家だった。

 游金はそうはいかず、四年間の獄中生活を送り、出獄後にようやく兄たちの遺体を金瓜石へ連れ帰った。仮埋葬から六年が経ち、七つの遺体は完全に遺骨となっていて、どれが誰だか見分けは付かなかった。

 仕方なく、三家の遺族(残る四体が誰なのかは結局わかっていないため、当然遺族にも連絡がつかない)が七体の遺骨を一緒に弔ったのが、この七公祠なのだ。

 通常の墓と違い、小さな廟のような形の七公祠の中には、墓石の他に、一九九七年に作られた、祠の由来を伝えるプレートが設けられている。


 台湾好きならたぶん知っている林雅行監督の、台湾ドキュメンタリー初期の二部作「風を聴く~台湾・九份物語~」「風が舞う~金瓜石残照~」という作品がある。

 九份と金瓜石に長期滞在してとても丁寧に撮られた映画だ。

 それぞれ「傾聽風聲 台灣九份故事」「雨絲飛舞 金瓜石殘照」というタイトルで台湾でも封切られた。

 2007年と2009年に公開されたこの映画は、どちらも観光客の目から見た人気観光スポットとしての九份と金瓜石ではなく、そこで普通に暮らしてきた人の目を通しての日常の生活の場であり故郷である九份と金瓜石を捉えていて、台湾に実際に行ってみたいと私が思うきっかけになった。

 そしてその中で七公祠も紹介されていた。

 

 とりあえず今回、この記事を書くために場所は再度特定した。お墓の写真はあまり撮らない方がいいとガイドの王さんに止められたため(特に亡くなって三ヶ月以内の人のお墓は撮らない方がいいらしい。ついてきちゃうそうなので)、七公祠を大きく撮った写真が数枚あるばかりで(廟のレベルであれば写真を撮っても問題ないそうだ)、背景からの特定が相当困難だったが、まず間違いはないはずだ。

 次回、もう一度ここへも行ってみようと思う。


 七公祠で不思議だったのは、墓石の傍にゆで卵を食べた痕跡が残っていたことだった。

 肝試しの暴走族でも来たのかと思ったが、これは台湾でのお墓参り時の古い風習なのだそうだ。

 ゆで卵や蜜柑を墓参りの際に持参し、殻や皮を剝いて子供や孫に食べさせる。そして殻や皮はお墓に残してくる。

 ただし、そこにどういう由来があるのかは、その家の家長しか知らない。人には教えてはならないタブーなのだと、これは運転手の施さんが教えてくれ、王さんが通訳してくれた。

 だから二人とも知らないそうだ。

 殻や皮を剝くという行為に恐らく意味があるのだろうとは思う。

 再生の象徴かも知れないし、穢れの除去や脱却なのかもしれない。


 7月の山の中の墓地ということで蚊が多く、気付いたら喰われていた。辺りには蝉も鳴いている。

 なお、彼等が犠牲になった台北刑務所は今の台北市の中正紀念堂の東南にあった。刑務所そのものはもうないが(空襲で全壊したわけではなく、戦後も使われていた)、日本時代からの官舎がいくつか残っている。


2020年2月3日月曜日

世界の漫画を出版するレーベル「サウザンコミックス」と、その第一弾になるはずの漫画「レベティコ」について

「レベティコ」という不思議なタイトルの漫画がある。
そして今、その漫画の日本語版を出そうよという企画が持ち上がっていてクラウドファンディング中。更に、他にも世界のいろんな漫画を日本語で出版するレーベル「サウザンコミックス」を作ろうよという企画が、今持ち上がっている。サウザンブックスで。

「レベティコ」ってなんだろうと思ったら、ギリシャの音楽の一ジャンルの名前なんだそうだ。世界で一番暗い音楽、と言われるその「レベティコ」を演奏する、ギリシャのおっさんたち、その「一番長い日」を描いた漫画。
映画だったら確実にチラシをもらって来たくなるタイプの作品だ。というわけで、その「レベティコ」を(翻訳前のだが)実際に目にできて、そして音楽の「レベティコ」を実際に聞くことができるサウザンブックスのイベントに行ってきた。

さて、ここまで聞くと、この「レベティコ」、ギリシャの漫画だと思うでしょ?
実はフランスの漫画「バンド・デ・シネ」の一作品なのだ。「ベルサイユのばら」が日本の少女漫画だったりするような感じで、「バンド・デ・シネ」も別にフランスを題材にしたものに限られるわけではなく、描かれる範囲はけっこう広いらしい。

というわけで、スーツ姿で演奏するギリシャのおっさんたちの生態がフランス語で描き出されている。

そして「レベティコ」が世界で一番暗い音楽なのにはわけがあって、第一次大戦後にトルコから(財産をほとんど現地に残して)ギリシャに引き揚げてきた元入植者にしてほぼ難民、な人々によるトルコ風な音楽だからなんだそうだ。
日本でいうと財産も友人も全て台湾に残して引き揚げてきた湾生が台湾を偲んで台湾風のメロディーの曲を演奏しているようなもんで、なるほど、それは暗くもなるだろう。

更に言えば、財産そっくりトルコに残して引き揚げてきた彼等はギリシャにとっての「お荷物」であり、引き揚げ者住宅で暮らす彼等はけっこう差別なんかも受けたらしい(ちなみにこの時、ギリシャに住んでたトルコ人の側も、財産をギリシャにそっくり残して引き揚げていき、没収されたその財産はギリシャの近代化に相当役立ったそうだ)。この辺の鬱屈も全てレベティコのメロディーに含まれているという。

トルコからのギリシャ人引き揚げ、というと確か映画であったな、でもあれは第一次大戦後よりももっと新しい時代じゃなかったか、と思って調べてみたら、どうもギリシャ人引き揚げは何度かあったらしい。私が思い出した映画は「タッチ・オブ・スパイス」で、第二次大戦よりもさらに後の「キプロス紛争」のせいでトルコから引き揚げなきゃならなくなった一家の話だった(お父さんがギリシャ人でお母さんがトルコ人)。
第一次大戦後の引き揚げの方は「イスタンブル物語」(森川久美)のちょっと後の時代で、映画でいうとアルメニア人虐殺を描いた「アララトの聖母」とか「消えた声がその名を呼ぶ」なんかのやはりちょっと後にあたる。
第一次大戦でオスマン・トルコが負けたあと、どさくさまぎれにギリシャがトルコに侵攻して大都市イズミル一帯を占領しちゃったよ、しかもその期限付き領有が世界的にも条約で認められちゃったよ、というトルコにしてみればどう考えても、ふざけんなギリシャこらあ、な状況だったため、オスマン・トルコを見限ってトルコ共和国造ろうとしている人たちが奪還作戦を試みていた、というのが「イスタンブル物語」の辺り(主人公はトルコ共和国作ろうとしてるサイドなので、ギリシャは悪役)。
で、このイズミル占領に際してのギリシャ側の言い分が「だってこの街、ギリシャ系の住民の方が多いじゃん。だったらギリシャの領土で問題ないじゃん」だったので、ブチ切れたトルコが「だったらギリシャ系住民は全員ギリシャに帰んな」となり、ギリシャ側も「だったらギリシャにいるトルコ系住民も全員出ていきな」と応酬。
ここで悲劇だったのは双方から返還されちゃった住民が、「最近入植したばかりのギリシャ人」と「最近入植したばかりのトルコ人」ではなく「代々トルコに住んでるけどギリシャ正教徒」「代々ギリシャに住んでるけどイスラム教徒」を「ギリシャ系」「トルコ系」とやたらおおざっぱに見做されちゃった人々だったということ。
ギリシャにもうほとんど縁のない人達と、トルコにもうほとんど縁のない人たちが「ギリシャ系」「トルコ系」として返還されちゃったから、どちらの人も「祖国」で難民紛いの生活を送ることになった。しかも、「祖国」のせいでそんなことになっているのにお荷物扱い。
そりゃあ鬱屈は溜まるだろう。

作中ではそんな歴史と、さらにそんなレベティコを奏でる「鬱屈したおっさんたち」の姿が描かれる。音楽の誕生の経緯自体がそういうものなので、演奏する人々も日本でいうなら引き揚げたあと親戚中をたらいまわしにされ、ぐれて家を飛び出して進駐軍相手に歌い始めたような感じの人々なのだ。それがもう少し年を取った後の話なので、血の気は多い。スーツの片袖を脱いでいるのは演奏の邪魔だからではなく、襲われた時にナイフの刃を弾けるように、だというようなおっさんたちなのだ。

黒澤映画(モノクロ時代の)が好きな人なんか絶対に堪らない感じの作品だと思われる。

ついでにいうとこの漫画の舞台は1936年。台湾でいうと始政四十周年と銘打たれたあの「台湾博覧会」が開催された、つまり「飛翔少年」の次の年だ。
あの漫画の中でも博覧会に賑わう華やかな台北に戦争の予感がひっそりと影を落としてはいたが、ギリシャでもそれは同様で、軍人上がりの極右政党党首な首相が任命され、ファッショな時代が始まろうとしていた(ただしギリシャはどちらかというと連合軍側で、イタリアやドイツと戦っている――負けるけど――)。


そして、「バンド・デ・シネ」というのは全体として日本の漫画に比べ、版型が大きい。日本でいうと絵本とか写真集、もっというとレコードジャケットのようなサイズで、形自体も日本の書店の本棚には並びにくいサイズだ。
だから日本の書店ではどう扱うのかに困った挙げ句、美術書扱いで写真集とかと並べて置いてあったりするんだそうだ。道理で探しにくい。
でなかったら日本で取り扱いのしやすいサイズに変えての発行になる、と(これはやめた方がいいと思う。原書自体がけっこうテキスト多めなので、日本語になると吹き出しの中が真っ黒になるレベルで、しかも改行とかに気を遣えないためとんでもなく読みにくい)。

発行されているフランスに於いても、サイズが大きくハードカバーでフルカラー、な「バンド・デ・シネ」は、「漫画」「アメコミ」に比べて高価なので(日本円の感覚でいうと3000円くらい)、「大人のための漫画」「大人しか買えない漫画」なのだそうだ。だから内容の方も大人向け(別にアダルトという意味ではない)になる。
日本の漫画でいうなら400円台の単行本ではなく、雑誌掲載時のカラーページと書き下ろしイラストとインタビュー収録の「愛蔵版イラスト集」を買う感覚の価格で、内容が「ガロ」だ。

そんな「バンド・デ・シネ」事情と合わせて、日本での翻訳事情も語られる。
世界の漫画を日本で翻訳しようという時に、一番通りやすい企画は「社会問題を描いた漫画」だというのには「あ~、あるある」となった。
日本の漫画って題材が恐ろしく多種多様なので、海外で書かれたサブカル作品、ラノベ、BL、漫画を訳したい、という時、大半のものは「だってそれ日本語で読めるのが他にもいっぱいあるじゃん」ということになる。
翻訳という手間暇かけてまで出版するメリット、というか、「翻訳というデメリットとハンデ」を負った上でなおも売り上げが見込める作品というのは、「そもそも日本にほぼないジャンル」か「日本でもニーズはあるけど供給される作品数が圧倒的に少ないジャンル」のどっちかだ。

という状況下で、翻訳する側も何がなんでもこれが訳したいんだ、と惚れ込んだ作品、となると、大抵は何かしらの社会問題か歴史を題材としたものになる。私が今訳したいと思っている台湾漫画もこのタイプが多いし。

ただし、サウザンブックスのようにクラウドファンディングを使うなら、それに限る必要はなくなる。
どんな読者がいるのかが事前にわかっていないから「ある程度の人数の読者が確実にゲットできそうな安全牌」に絞られちゃうわけで、「事前に読者がゲットできる」ならどんな作品でもありなわけだ。

こうなると訳せる作品の範囲は相当に広がる。今の日本の出版事情の中だとまず不可能な「全九巻のBL小説」とか「全八巻のミステリー」とかだってやれるだろうし、「お巡りさんが出ている本が読みたいんだ」みたいな枠でも、読み手を募ってみることはできるはずなのだ。
これができるって、翻訳者としては非常にハッピーなんである。

ぶっちゃけ翻訳者ってのは、自分が惚れた本であればどんな不利な条件があろうと紹介したくなっちゃうものなんだ。単行本にすらなっていない漫画だったり、どんな長編小説であろうとも、だ。
なのに、自分が訳したいか(そもそも読んでみたいか)でなく、日本の出版社の営業担当者に受け入れてもらえそうなのはどの辺の作品か、という目で原作を見ている自分に気付く時ってのは、ほんとにぞっとするので。

それっていうのは、翻訳者の仕事でも何でもないし、私がやりたい仕事はそれじゃないんだよ……。

というわけで、これまで日本の出版社(の営業担当者)は「読み手がいない」と判断していた「レベティコ」。
取りあえず私は読んでみたい。だから私が日本語でこの作品を読めるようになるためにも、クラウド参加者募集中です(募集期間は二月十七日の真夜中まで)。

そして「サウザンコミックス」が立ち上がるためにもぜひ応援お願いします。日本語で読んでほしい台湾の漫画、同人作品も含めて山ほどあるんですよ。

世界のマンガの翻訳出版レーベル・サウザンコミックス第一弾! 傑作バンド・デシネ『Rébétiko』(レベティコ)を翻訳出版したい!