2020年2月3日月曜日

世界の漫画を出版するレーベル「サウザンコミックス」と、その第一弾になるはずの漫画「レベティコ」について

「レベティコ」という不思議なタイトルの漫画がある。
そして今、その漫画の日本語版を出そうよという企画が持ち上がっていてクラウドファンディング中。更に、他にも世界のいろんな漫画を日本語で出版するレーベル「サウザンコミックス」を作ろうよという企画が、今持ち上がっている。サウザンブックスで。

「レベティコ」ってなんだろうと思ったら、ギリシャの音楽の一ジャンルの名前なんだそうだ。世界で一番暗い音楽、と言われるその「レベティコ」を演奏する、ギリシャのおっさんたち、その「一番長い日」を描いた漫画。
映画だったら確実にチラシをもらって来たくなるタイプの作品だ。というわけで、その「レベティコ」を(翻訳前のだが)実際に目にできて、そして音楽の「レベティコ」を実際に聞くことができるサウザンブックスのイベントに行ってきた。

さて、ここまで聞くと、この「レベティコ」、ギリシャの漫画だと思うでしょ?
実はフランスの漫画「バンド・デ・シネ」の一作品なのだ。「ベルサイユのばら」が日本の少女漫画だったりするような感じで、「バンド・デ・シネ」も別にフランスを題材にしたものに限られるわけではなく、描かれる範囲はけっこう広いらしい。

というわけで、スーツ姿で演奏するギリシャのおっさんたちの生態がフランス語で描き出されている。

そして「レベティコ」が世界で一番暗い音楽なのにはわけがあって、第一次大戦後にトルコから(財産をほとんど現地に残して)ギリシャに引き揚げてきた元入植者にしてほぼ難民、な人々によるトルコ風な音楽だからなんだそうだ。
日本でいうと財産も友人も全て台湾に残して引き揚げてきた湾生が台湾を偲んで台湾風のメロディーの曲を演奏しているようなもんで、なるほど、それは暗くもなるだろう。

更に言えば、財産そっくりトルコに残して引き揚げてきた彼等はギリシャにとっての「お荷物」であり、引き揚げ者住宅で暮らす彼等はけっこう差別なんかも受けたらしい(ちなみにこの時、ギリシャに住んでたトルコ人の側も、財産をギリシャにそっくり残して引き揚げていき、没収されたその財産はギリシャの近代化に相当役立ったそうだ)。この辺の鬱屈も全てレベティコのメロディーに含まれているという。

トルコからのギリシャ人引き揚げ、というと確か映画であったな、でもあれは第一次大戦後よりももっと新しい時代じゃなかったか、と思って調べてみたら、どうもギリシャ人引き揚げは何度かあったらしい。私が思い出した映画は「タッチ・オブ・スパイス」で、第二次大戦よりもさらに後の「キプロス紛争」のせいでトルコから引き揚げなきゃならなくなった一家の話だった(お父さんがギリシャ人でお母さんがトルコ人)。
第一次大戦後の引き揚げの方は「イスタンブル物語」(森川久美)のちょっと後の時代で、映画でいうとアルメニア人虐殺を描いた「アララトの聖母」とか「消えた声がその名を呼ぶ」なんかのやはりちょっと後にあたる。
第一次大戦でオスマン・トルコが負けたあと、どさくさまぎれにギリシャがトルコに侵攻して大都市イズミル一帯を占領しちゃったよ、しかもその期限付き領有が世界的にも条約で認められちゃったよ、というトルコにしてみればどう考えても、ふざけんなギリシャこらあ、な状況だったため、オスマン・トルコを見限ってトルコ共和国造ろうとしている人たちが奪還作戦を試みていた、というのが「イスタンブル物語」の辺り(主人公はトルコ共和国作ろうとしてるサイドなので、ギリシャは悪役)。
で、このイズミル占領に際してのギリシャ側の言い分が「だってこの街、ギリシャ系の住民の方が多いじゃん。だったらギリシャの領土で問題ないじゃん」だったので、ブチ切れたトルコが「だったらギリシャ系住民は全員ギリシャに帰んな」となり、ギリシャ側も「だったらギリシャにいるトルコ系住民も全員出ていきな」と応酬。
ここで悲劇だったのは双方から返還されちゃった住民が、「最近入植したばかりのギリシャ人」と「最近入植したばかりのトルコ人」ではなく「代々トルコに住んでるけどギリシャ正教徒」「代々ギリシャに住んでるけどイスラム教徒」を「ギリシャ系」「トルコ系」とやたらおおざっぱに見做されちゃった人々だったということ。
ギリシャにもうほとんど縁のない人達と、トルコにもうほとんど縁のない人たちが「ギリシャ系」「トルコ系」として返還されちゃったから、どちらの人も「祖国」で難民紛いの生活を送ることになった。しかも、「祖国」のせいでそんなことになっているのにお荷物扱い。
そりゃあ鬱屈は溜まるだろう。

作中ではそんな歴史と、さらにそんなレベティコを奏でる「鬱屈したおっさんたち」の姿が描かれる。音楽の誕生の経緯自体がそういうものなので、演奏する人々も日本でいうなら引き揚げたあと親戚中をたらいまわしにされ、ぐれて家を飛び出して進駐軍相手に歌い始めたような感じの人々なのだ。それがもう少し年を取った後の話なので、血の気は多い。スーツの片袖を脱いでいるのは演奏の邪魔だからではなく、襲われた時にナイフの刃を弾けるように、だというようなおっさんたちなのだ。

黒澤映画(モノクロ時代の)が好きな人なんか絶対に堪らない感じの作品だと思われる。

ついでにいうとこの漫画の舞台は1936年。台湾でいうと始政四十周年と銘打たれたあの「台湾博覧会」が開催された、つまり「飛翔少年」の次の年だ。
あの漫画の中でも博覧会に賑わう華やかな台北に戦争の予感がひっそりと影を落としてはいたが、ギリシャでもそれは同様で、軍人上がりの極右政党党首な首相が任命され、ファッショな時代が始まろうとしていた(ただしギリシャはどちらかというと連合軍側で、イタリアやドイツと戦っている――負けるけど――)。


そして、「バンド・デ・シネ」というのは全体として日本の漫画に比べ、版型が大きい。日本でいうと絵本とか写真集、もっというとレコードジャケットのようなサイズで、形自体も日本の書店の本棚には並びにくいサイズだ。
だから日本の書店ではどう扱うのかに困った挙げ句、美術書扱いで写真集とかと並べて置いてあったりするんだそうだ。道理で探しにくい。
でなかったら日本で取り扱いのしやすいサイズに変えての発行になる、と(これはやめた方がいいと思う。原書自体がけっこうテキスト多めなので、日本語になると吹き出しの中が真っ黒になるレベルで、しかも改行とかに気を遣えないためとんでもなく読みにくい)。

発行されているフランスに於いても、サイズが大きくハードカバーでフルカラー、な「バンド・デ・シネ」は、「漫画」「アメコミ」に比べて高価なので(日本円の感覚でいうと3000円くらい)、「大人のための漫画」「大人しか買えない漫画」なのだそうだ。だから内容の方も大人向け(別にアダルトという意味ではない)になる。
日本の漫画でいうなら400円台の単行本ではなく、雑誌掲載時のカラーページと書き下ろしイラストとインタビュー収録の「愛蔵版イラスト集」を買う感覚の価格で、内容が「ガロ」だ。

そんな「バンド・デ・シネ」事情と合わせて、日本での翻訳事情も語られる。
世界の漫画を日本で翻訳しようという時に、一番通りやすい企画は「社会問題を描いた漫画」だというのには「あ~、あるある」となった。
日本の漫画って題材が恐ろしく多種多様なので、海外で書かれたサブカル作品、ラノベ、BL、漫画を訳したい、という時、大半のものは「だってそれ日本語で読めるのが他にもいっぱいあるじゃん」ということになる。
翻訳という手間暇かけてまで出版するメリット、というか、「翻訳というデメリットとハンデ」を負った上でなおも売り上げが見込める作品というのは、「そもそも日本にほぼないジャンル」か「日本でもニーズはあるけど供給される作品数が圧倒的に少ないジャンル」のどっちかだ。

という状況下で、翻訳する側も何がなんでもこれが訳したいんだ、と惚れ込んだ作品、となると、大抵は何かしらの社会問題か歴史を題材としたものになる。私が今訳したいと思っている台湾漫画もこのタイプが多いし。

ただし、サウザンブックスのようにクラウドファンディングを使うなら、それに限る必要はなくなる。
どんな読者がいるのかが事前にわかっていないから「ある程度の人数の読者が確実にゲットできそうな安全牌」に絞られちゃうわけで、「事前に読者がゲットできる」ならどんな作品でもありなわけだ。

こうなると訳せる作品の範囲は相当に広がる。今の日本の出版事情の中だとまず不可能な「全九巻のBL小説」とか「全八巻のミステリー」とかだってやれるだろうし、「お巡りさんが出ている本が読みたいんだ」みたいな枠でも、読み手を募ってみることはできるはずなのだ。
これができるって、翻訳者としては非常にハッピーなんである。

ぶっちゃけ翻訳者ってのは、自分が惚れた本であればどんな不利な条件があろうと紹介したくなっちゃうものなんだ。単行本にすらなっていない漫画だったり、どんな長編小説であろうとも、だ。
なのに、自分が訳したいか(そもそも読んでみたいか)でなく、日本の出版社の営業担当者に受け入れてもらえそうなのはどの辺の作品か、という目で原作を見ている自分に気付く時ってのは、ほんとにぞっとするので。

それっていうのは、翻訳者の仕事でも何でもないし、私がやりたい仕事はそれじゃないんだよ……。

というわけで、これまで日本の出版社(の営業担当者)は「読み手がいない」と判断していた「レベティコ」。
取りあえず私は読んでみたい。だから私が日本語でこの作品を読めるようになるためにも、クラウド参加者募集中です(募集期間は二月十七日の真夜中まで)。

そして「サウザンコミックス」が立ち上がるためにもぜひ応援お願いします。日本語で読んでほしい台湾の漫画、同人作品も含めて山ほどあるんですよ。

世界のマンガの翻訳出版レーベル・サウザンコミックス第一弾! 傑作バンド・デシネ『Rébétiko』(レベティコ)を翻訳出版したい!

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